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講演資料


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解説付きの講演資料です。

講演スライド20190514

「発達障碍者の就労支援」

「発達障碍者の就労支援」



大人の発達障害・グレーゾーンの人たちには、自閉症スペクトラムの特徴は目立たず、パーソナリティ障害と対人恐怖症の特徴がみられる人たちがいます。

パーソナリティ障害と対人恐怖症は精神疾患であり、医学的治療の対象です。医学的治療の目標は、本人の悪い部分を解消して(治して)、普通の生活ができるようにすることです。治療者(医師や療法士)は患者に、規則正しい生活を指導し、障害を受容し、それに対処するよう患者に求めます。このように、問題や障害は本人のなかにあり、本人が自分で問題解決(治療)に取り組まなければ、本人は普通の生活が困難である、という考え方を「医学モデル」といいます。

医学モデルと対極にあるのが「社会モデル」です。社会モデルは「社会に問題があるために、障害が生まれる」と考えます。私はドイツで、ドイツ語が分からなかったために電車に乗れず、切符も買えず、迷子になりかけた経験があります。通りがかりの年配の男性が切符を買ってくれて、電車に乗せてくれました。私はその男性に行き先を告げるため「こる~ん」を繰り返しました。私が知っていたドイツ語は「こる~ん(ケルン)」だけ。医学モデルでは、ドイツ語が話せない私に問題がある。社会モデルでは、駅に英語表記がないドイツの駅に問題があります。

自閉症スペクトラムそのものは病気ではありません。つまり、自閉症スペクトラムそのものは精神疾患ではありません。自閉症スペクトラムに関わる支援者の多くが、医学モデル、つまり問題は本人にあると見ていないでしょうか?支援者は本人に対して、治療者の指示に従うこと、自分の問題に対処すること、を求めていないでしょうか?

人は一般に、否定的ネガティブな行動や特性を過大に着目することが知られています。これを心理学で、ネガティビティ・バイアスと呼びます。人にとって、否定的な行動とは、集団のルールに従わないこと:否定的な特性とは、会話でこちらが期待した応答が得られない、などです。人は、自閉症スペクトラムの人を前にしたとき、このような自閉症スペクトラムの問題行動と問題特性にのみ、着目してしまいがちです。このとき同時に、人は自閉症スペクトラムの人のポジティブな行動・特性を見落としていることに、多くの人が気付いていないのではないでしょうか。


NPO法人 Mind.Recoveryが運営しているグループホームは、アパート個室タイプで、ワンルーム・マンションの個室に、それぞれがひとりで暮らしています。ここに暮らしている人たちの多くが自閉症・発達障害の診断を受けており、就労をめざしています。ホームの食事会では、配膳、片付けなどはそれぞれが自発的に行います。誰かが指示しなくても、自分なりに気配りをしながら、おしゃべりや食事を楽しんでいます。自閉症スペクトラムの人たちの、自発的で前向きな行動と特性を、多くの人が見落しています。

「私の経験では、彼らが最も必要とするのは、自らの価値を証明する機会です。」 リチャード・ブレマー、ゴールドマン・サックス・インターナショナル。(「アスペルガー症候群の人を雇用するために」~英国自閉症協会による実践ガイド~序文より。)



世界の企業は、自閉症スペクトラムのポジティブな特徴に着目した雇用で収益を上げつつあります。自閉症スペクトラムのポジティブな特徴に着目することは、ネガティビティ・バイアスという人間の心理に反する行為かもしれません。自閉症の強みに着目して、活用するには、努力が必要です。この努力と挑戦を続けている企業が、自閉症の人たちを活用して、大きな収益をあげることができるのでしょう。





最後までお読みいただき、ありがとうございます。

このスライドでは、自閉症・発達障害の人たちには、記憶力が優れ、数学やプログラミングに際立った才能を示す人たちがいることを伝えています。

ここでは「自閉症・発達障害の人たちは、数学やプログラミングがすごくできるんだ」と捉えると、それは「偏見」になってしまうことも伝えたいと思います。

かつて私はSさんという30歳の男性に出会いました。

Sさんは、自分の生活費の出入りに、ずば抜けた記憶力がありました。一方で、数学もコンピューターも苦手。そもそも机に向かっていることが大の苦手でした。

そんなSさんの得意なことは「大工仕事」です。

ある時、グループホームのトイレのドアの鍵が壊れてしまい、私とSさんが鍵を交換することにしました。

私「この新しい鍵を、とりあえずネジで仮止めして、次に、ドアがうまく閉まるか、確かめよう。」

Sさん「オレ、ドライバー使うの得意なんです!任せてください!」

私「とりあえず、仮止めだよ。」

Sさん「はい!」

私「ドアのこの辺りに鍵を仮り止めして(Sさんがドライバーで止めている)...Sさん、そこでストップ!」

Sさん「なんで止めるんですか?まだちゃんと(ネジ)止まってないっす。」

鮮やかな手つきでドライバーを回し続け、ネジ止めを続けるSさんは、本当に楽しそう。

私「ハァ~(ため息)。ドア閉めてみましょうよ。あぁ~、止めたネジが引っかかって、ドアが閉まらない。外してつけ直さなきゃ。」

Sさん「うぅ~ん....」

必死にドライバーを回して、取り付けたネジを外そうと悪戦苦闘するSさん。

Sさん「ネジ外れないや。ネジ山が潰れちゃった。これはもう、諦めるしかないっす。」

私「仮り止めって言ったのにぃ~!」

Sさん「さっきから、仮り止め、仮り止めって、一体なんなんですか!?(ムッとする)」

私「仮り止めは、しっかり止めないって意味です。止めるのを途中でやめる。途中というのは、半分くらい、の意味です。」

Sさん「最初に、そう説明してください!」

私「私が、「とりあえず、仮り止めだよ」って言ったら、Sさんは「はい」と答えました。私は、Sさんが仮り止めの意味を理解してると思いましたよ。」

Sさん「オレ、自分でわかってないのに、はい、って答える癖があるんですよね。そういう自分が、ときどき嫌になります。」

私「このトイレはSさん専用にしましょう。トイレのドアしっかり閉まらないけど。」

Sさん「いいっすよ。オレ、責任取りますから。」

その数日後、Sさんは自分で鍵を工夫して、ドアを閉められるようにしました。

このように、自閉症・発達障害にも様々な能力のある人たちがいます。

一概に何ができて、何ができないかとは言えません。

どんな人でも、最初からレッテルを貼らず、その人がどのような特性を持っているのか、よく知る必要があるのではないでしょうか。

心理検査は、その人の強みと苦手を知り、その人を客観的に理解するために必要です。

Sさんが「相手の話を聴かず、一方的に行動する人だ」と判断するのは正しくありません。

心理検査は「Sさんは手先が器用な一方、言語理解に障害がある」ことを示しているかもしれないからです。